
学校紹介
本校は、昭和33年に川上及び春日の両中学校の統合により、大和村立大和中学校が創立されました。翌34年町制施行により大和町立となり、また、平成17年に市町村合併により佐賀市立と改称しています。創立当時は、校舎や体育館、運動場は完成しておらず、翌年に木造校舎が、その翌年に体育館が完成しています。それまでは、川上や春日両中学校を利用しての教育活動でした。現在の校舎は昭和62年に改築され、今日に至っています。広い敷地に緑の多い悠然とした校舎、中庭、運動場と多目的に造られた2階建ての体育館で素晴らしい教育環境となっています。
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| 新校舎 | 旧校舎 |
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| 旧春日中学校校舎 | 旧川上中学校校舎 |
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佐賀市のやや北方に位置し、脊振山地南麓部から嘉瀬川扇状地によって形成する佐賀平野の北端にかけてあります。川上峡は、一般に知られる奇岩、奇勝、瀑布、淵が連続する渓谷とは異なり、両側に山が差し迫ってその間を嘉瀬川が滔々と流れ、さながら京都の嵐山を彷彿とさせる景観から、九州の嵐山と呼ばれています。一帯は川上金立県立自然公園指定です。春は桜のほか、官人橋では数百体の鯉のぼりを泳がせ、風雅です。また、夏場は納涼の花火大会、秋は紅葉など四季折々の変化を見せています。近くに、「淀姫神社」とも書き、別称として「河上神社」、通称として「淀姫さん」とも呼ばれている與止日女神社があります。
校区のうち、西部(川上校区)は農業が盛んですが、兼業農家が多く、東部(春日校区)は非農家が多いです。平坦地の米麦と山麓部の果樹は本町農業の根幹を成しています。町内には縄文・弥生の遺跡が数多くありましたが、約300基の古墳はほとんどなくなりました。前方後円墳は県下の約1/4の8基を占め、船塚は県下最大の規模を誇っています。平成3年には経塚遺跡から重文級の出土品が多数出土し脚光を浴びました。







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