「もう学校には行かせません」~親の思い~
入力日
2025年3月6日
内容
ある日の出来事です。学級内でトラブルが発生したため、その経緯とその後の指導について担任が関係する児童の保護者に説明の電話をしました。すると、手を出してしまった側の保護者さんが「すぐに先方に謝ります。そして、こんなに迷惑をかけては申し訳ないので、もう、この子は学校にはやりません」と言われたそうです。困った若い担任が校長室に飛び込んできました。
私は担任を傍において、その方に電話をしました。
「お母さん、大丈夫ですよ。子どもは失敗や過ちを繰り返しながら成長する生き物です。このひとつひとつが学習なんです。そうやって学んでいきます。学校に来て失敗という経験を通して学ぶんです」とお話しました。そのお母さんは「休んで解決することではないと分かっていますが、もうつらいです…」と涙声になられました。
私はこの保護者の言葉に「大好きなお母さんが相手側に謝罪をされる姿をお子さんが見ること、そして、このように『とても悲しくてつらい』とお話をしてくださることが一番の教育です」とお伝えしました。
学校で起きたことです。私たちは、子どもの話も聞きながら心に響くようにていねいに善悪についての指導を行います。でも、事後の保護者の対応によって、子どものその後に大きな違いが出てくるのも事実です。
対応した実例を紹介します。
お子さんが万引きをしてしまった時に、その保護者さんはコンビニのカウンターの前で「うちの子どもが大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでした」と泣きながら深々と頭を下げ続けられました。他のお客さんの視線を気にすることなく迷うことなく・・・。万引きをしてしまったお子さんは固く拳を握り、唇をぐっと噛んでお母さんの後ろ姿を見つめていました。
別のある保護者さんは、お子さんの万引きの連絡を受けてお店に着くや否や、お子さんに「何でも買ってやりよっやろう。なんで取らんばね」と言われました。次に、財布を開きながら「いくらですか。弁償します」と店員さんに耳打ちされました。
もちろん、このことだけが影響したわけではないと思いますし、親に全ての責任を押し付けるつもりもありませんが、この2人のお子さんのその後は全く違った姿となりました。
子ども達にとって「大好きなおうちの方を悲しませてしまった、泣かせてしまった」という思いは、お子さんの自身の言動を振り返らせます。それほど、親子のつながりは深いということです。
子ども達を叱責や罰や辱めによって正そうとすると、他人を責めたり、ばれないようにと智恵が働くようになったりするそうです。
私たちは、「子どもは間違いや失敗を繰り返しながら成長する」といった児童観のもと、これからも子ども達の心を育むことを大事にしていきます。学校と保護者は子どもを真ん中に置いた両輪です。これからも、どうぞお力添えをお願いします。
閲覧数
875